一流シェフたちが「自分の料理に欠かせない」と惚れ込む調味料とは、どのようなものか? この連載ではシェフに愛用する3種類の調味料を紹介する。
今回登場するのは中国料理店「慈華」の田村亮介さん
たむら・りょうすけ
1977年東京都生まれ。実家は祖父が創業した中国料理店で、料理に親しみながら育つ。調理師学校と数店での中国料理店を経て、2000年に「麻布長江」に入り長坂松夫氏に師事。06年に料理長、09年に同店を買い取り「麻布長江 香福筵」オーナーシェフに。19年4月、建物の老朽化に伴い店を閉め、同年12月に「慈華」を開業。
田村さんが「慈華」で作るのは、中国料理の技術、歴史、文化に敬意を示しながら、日本の食材、風土、繊細な感性を融合させた料理だ。そんな料理を支える調味料を教えてくれた。
調味料について、田村さんは「調味料と素材とのバランスには、とりわけ気を遣います」と話す。というのも中国料理、特に田村さんのベースにある四川料理は、調味料を駆使してどんな素材でもおいしく仕上げるのが特徴の一つ。
一方、日本人の感覚は、素材自体に可能な限り手を加えずに楽しむことを好む。いわば正反対の感覚となるが、だからこそ、それらを両立させるバランスを探ることが大事になってくるのだ。
そんな田村さんが店で用いる調味料は、3種に大別される。一つは自家製。豆板醤、沙茶醤、XO醬、そして変わったところではパイナップルの醬などを自ら手がける。もう一つは、日本の調味料。地方で伝統製法にて造られてきた品が並ぶ。最後の一つが、中国からの輸入品。どうしても手作りできず、かつ日本の調味料でも代用できないものがそうだ。なお意外にも、「購入する調味料は日本のものがほとんどです」と田村氏。こうした調味料揃えにも、「中国の技術と日本の食材の融合」という店のコンセプトが表れている。
中国の中でも、四川省は山椒の産地として有名。その山椒にも何種類かあり、果皮が赤色をした「花椒(ホワジャオ)」の乾燥品は日本でも多く流通している。その一方で、今回紹介するオイルは、生の青山椒「藤椒(タンジャオ)」から作られている。
「藤椒は日本の青山椒とも、四川の花椒とも異なります。香りが鮮烈で、痺れよりも爽やかさが前にくる印象です」と田村さんは言う。
また、「藤椒油にもいくつかメーカーがありますが、こちらの『幺麻子(ヤオマーズ)』のものは群を抜いています」とも。多くの藤椒油は藤椒を菜種油で煮出して作るが、幺麻子のものは、その日に収穫した藤椒をゆっくりと搾って藤椒自体に含まれる油をとり、それを上質な菜種油に混ぜて製品とする。また、材料の藤椒はとびきりの質のものを厳選。そのため、仕上がりの風味は他の追随を許さない。
なお幺麻子は2004年に細々と藤椒油の販売をはじめ、最初は苦難の連続だったが、今では中国全土に知られるほどになったメーカーだ。もともと藤椒は産地である四川省洪雅県の地元でのみ消費される素材だったが、その風味に魅せられた幺麻子の社長が「世界に伝える」との熱い思いで、地元農家と信頼関係を築き、技術改革も続けることで会社を育ててきた。「まさにチャイニーズドリーム。規模が大きくなっても当初の志と品質を保っているところも素晴らしいです」。
田村さんはこの藤椒油をあっさりめの前菜や、塩味のさっぱりとした料理に使う。「たとえば、芹を細かくきざんで翡翠の色を出した澄ましスープに一滴。芹と相性がよく、爽やかさが引き立ちます」。また葱と花椒で作る四川の伝統的な「椒麻」ソースにも数滴入れる。「藤椒油が合うのは、味付けで言うなら塩味、素材で言うなら海鮮系、肉なら鶏肉に合います」と言う。