シェフが惹かれる生産者。高知県・黒潮町【黒糖】


16時間を超える釜炊きが黒糖の味を決める

「宣伝をしていないので、私たちの黒糖はそれほど知られていない」。しかし、素材に敏感なトップシェフとの取引は年々増えている。えぐみや雑味のない味わいで調理に向いている点が人気の理由だ。

上樫森のサトウキビは、栽培だけでなく、釜炊きにも手間を惜しまない。釜炊きに要する時間はなんと16時間以上。周辺農家との共同作業になる。釜は一番から三番まであり、一、二番釜はバーナー式だが、最後の三番釜には薪で火を入れて仕上げる。江戸時代から続く製法だ。「三番釜にくべる薪は松に限ります。その時、小枝1本を燃やすか燃やさないか、その判断が黒糖の味に大きく影響する」

三番釜の火入れは難しく、これをこなせる人は、憲二さんを含めて組合には4人しかいない。

昨年、サトウキビ畑で撮影した家族写真。今年、小学校2年生になった長男は、4mにも生長するサトウキビのように、自然の中ですくすくと育っている。
昨年、サトウキビ畑で撮影した家族写真。今年、小学校2年生になった長男は、4mにも生長するサトウキビのように、自然の中ですくすくと育っている。

利益よりも仕事の質を第一優先にする

現在、田波夫妻の畑は3カ所あり、その広さは900坪ほど。昨年はサトウキビがよく育ち、収穫も釜炊きも大忙しだった。しかし、忙しすぎると子どもと接する時間が削られ、趣味のスティールパン演奏を楽しむ時間もなくなる。そこで、今年は耕す畑を2カ所に減らしたという。

「忙しすぎるといいものができないから」。収入よりも日々の幸福感を重視したい−−。「幸せ」を見極めた人が作るからこそ、上樫森の黒糖は豊かな味わいなのだ。

自分のツリーハウスを建てるのが夢だった頼子さん。憲二さんと一緒に黒糖を収納するための小屋を建てた。最近、この近くに土地を購入。仕事の合間を利用して、今度はそこに自分たちの手で家を建てるという。
自分のツリーハウスを建てるのが夢だった頼子さん。憲二さんと一緒に黒糖を収納するための小屋を建てた。最近、この近くに土地を購入。仕事の合間を利用して、今度はそこに自分たちの手で家を建てるという。

田波さんのオリジナリティのルール
● 五感を研ぎ澄まして物事を決める
● ライフスタイルを崩さないように仕事の質と量を見極める
● 当たり前とされていることを疑い、自分たちで考え、経験を通して答えを導き出す

田波憲二/Kenji Tanami
1976年、千葉県生まれ。
大学卒業後、NTTに入社するが、「自然に触れ合える仕事がしたい」と8カ月で退社。交際していた頼子さんと東北、沖縄、四国地方などを旅した後、高知への移住を決めた。

田波頼子/Yoriko Tanami
1975年、東京生まれ。
幼い頃から『トム・ソーヤの冒険』に憧れ、専門学校卒業後、ツリーハウスを作る仕事があると聞いて長野へ。20歳の時、憲二さんと出会い、高知に移住した1年後の2006年に、結婚した。

上樫森
幡多郡黒潮町加持593
0880-43-4110

上村久留美=取材、文 村川荘兵衛=撮影

本記事は雑誌料理王国287号(2018年7月号)の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は287号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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