ラフィナージュで宮崎県産の食材を使った晩餐会「第1回宮崎食材フレンチ賞味会」開催


23年1月18日、東京・銀座の「レストラン ラフィナージュ」に宮崎県から6名の生産者が集まり、ガラディナーが行われた。ゲストに招かれたのは、いずれも名だたるフランス料理のシェフたち。高良康之シェフの料理を通じて生産者たちとシェフたちがつながり、互いに理解を深め合い交流するという、ただの試食会や商談会とは全く異なる貴重な機会となった。

23年1月18日、東京・銀座のラフィナージュにて、宮崎県産の食材を使った晩餐会「第1回宮崎食材フレンチ賞味会」開催された。当日は宮崎から集まった20の食材、飲料から6名の生産者たちが来場。彼らをまとめているのが、宮崎市でフランス料理店、Bistro マルハチを営む八田淳氏だ。
東京でホテルの料理長を務めていた時代から、地元・宮崎の食材を使うことはもちろん、他のシェフに紹介する機会も多かったというが、シェフたちが実際にその食材を気に入っても、いざ仕入れようという時に様々な問題が起こって結局仕入れられないなど、思うような結果にはなかなか結びつかなかったという。
しかしそれでは良い食材を使いたいシェフたちにも、良い食材を作っている生産者にも、どちらの利にもならずこれではいけない……
また、せっかくつながって仕入れられるようになっても、同じブランド、銘柄なのに先週来たものと今週来たものが全く違う……
そんなシェフ目線での、シェフの立場からの問題意識から、自ら「テロワール九州協議会」を立ち上げ、新たな販売システムの構築に取り組んでいる。

テロワール九州協議会の代表を務め、宮崎の生産者たちを取りまとめる八田淳氏。
テロワール九州協議会の代表を務め、宮崎の生産者たちを取りまとめる八田淳氏。

今回のガラディナーもその活動の一環で、ゲストとして招かれたのは東京の名だたるホテルやレストランのシェフたち。ラフィナージュ、高良シェフの料理を媒介して、また宮崎から来た生産者たちから直接話を聞くことで理解を深めるという貴重な場となった。

当日、宮崎から集まった食材は、16の生産者からこちらの20アイテム。
・完熟へべす(へべす悠美園)
・栃栗毛(柳田酒造)
・バニラ(長友農園)
・パッションフルーツ(長友農園)
・日南発キャビア(井上酒造)
・キャビアフィッシュ燻製(井上酒造)
・アボカド(横山果樹園)
・地頭鶏(白砂ケ尾地鶏牧場)
・冷凍熟成椎茸(田中椎茸)
・ハチの巣(山之口畜産)
・アン黒サーロイン(山之口畜産)
・黒大根(シードファーム)
・西米良糸巻き大根(シードファーム)
・尺ヤマメ(池辺ヤマメ養殖場)
・メヒカリソース(ビストロマルハチ)
・佐土原ナス(佐土原ナス研究所)
・フロマージュブラン(アリマン乳業)
・クレームドゥーブル(アリマン乳業)
・キャンベルアーリー(都農ワイン)
・霧島山麓軟水炭酸(マルタカ)
・ノボルブルーイング(長田崚)

この中から希少な国産バニラやパッションフルーツを作る長友農園の長友宜洋さん、チョウザメの養殖にとどまらず水からキャビアまで製造する井上酒造から日南発キャビアの米良雅博さん、ストレスをかけずに地頭鶏を育てる白砂ヶ尾地鶏牧場の野田大夢さん、冷凍熟成椎茸の生産者で椎茸愛は誰にも負けない田中椎茸の邊木園浩子さん、「自分が食べたいと思える牛を」と健康的なアン黒牛を肥育する山之内畜産の山之口祐仁さん、繊細なヤマメを2年もかけて30cm以上の大きな尺ヤマメに育てる池辺ヤマメ養殖場の池辺美紀さんの6名の生産者たちに、自らも「メヒカリソース」を作る八田シェフを加えた計7名が、自身の食材が一流シェフの手にかかるとこれほどまでに輝き、またシェフたちがどれほど高く評価してくれて、課題がどこにあるのかを直接聞くことができた。

今回、高良シェフが作ったのは、アペリティフからデセールまでこちらの9皿。

・ヘベストニック

ヘベストニック

へべすの悠美園の黒木公作さんが作る「完熟へべす」と、ミズナラの樽で熟成した麦焼酎、柳田酒造の栃栗毛をトニックウォーターで割ったアペリティフ。へべすは宮崎県内では夏の香酸柑橘として一般的に使われるが、県外では珍しい。それを11~12月まで樹上にならせ、黄色くなるまで完熟させたものは、尚更だ。今回は1月のこの会のために特別に取っておいたものを使用した。

・カリフラワーのムースとキャビアフィッシュの燻製 日南発キャビア

カリフラワーのムースの上、キャビアフィッシュをタルタル状にしたもの、そして日南発キャビアを層状に重ねたアミューズ。キャビアの生産者は明治時代から芋焼酎を作っている井上酒造の米良雅博さん。宮崎名水百選にも選ばれた地元の水が、ただ流れているだけはもったいない、何かに使えないか、と考えていたところに、宮崎県でチョウザメの完全養殖が実現し、稚魚が供給されるようになったところで養殖業者として手を挙げた。しかし、出来上がるキャビアは県のブランドとして流通してしまう。そして供給した卵をどうやってキャビアとして製品化するか、その製法は門外不出で、養殖業者であっても教えられないと言われてしまう。
それでも米良さんは、自分たちが手塩にかけて育てたチョウザメを、キャビアを、自分たちの名前で紹介したいと、3年ほど前にフランスに行って製法を勉強。言葉も分からない中で何とかその技術を目で覚え、自分たちで無菌室を作って製造を始めたのがこの「日南発キャビア」だ。卵以外はフランス産岩塩のみ。やわらかさとジュース、オイルのバランスがよい、と高良シェフ。

・アボカドとズワイ蟹のオモニエール

・アボカドとズワイ蟹のオモニエール

旬のズワイ蟹をアボカドでドーム状に包んだオモニエール。ソースは甲殻類で仕上げたクリームで、そこにコーヒーを振りかけた。これは実は当日にメニューが変更になった。それはアボカドが以前に試食した時のものより熟度が高く、ナッツ感がより出ていたからそれに合わせて、ということだ。

生産者の横山果樹園、横山洋一さんは、実はメインの作物はマンゴーで、アボカドはもともとは趣味で始めたそうだが、今ではすっかりその奥深さ、多様さに魅了されている。現在作っているのは13品種。味の違いはもちろん、大きいものはラグビーボールくらいにまでなるなど、規格化されて日本に入って来る海外産のイメージでは考えられないほど個性豊かだ。一方で、特に大変なのが追熟で、収穫から10日で食べ頃になるものもあれば1か月かかるものもあるなど、見極めは実に難しい。だから、明日何個ほしいと言われても対応は難しいが、それは問屋に海外産の在庫に任せればいい。横山さんは、事前に言ってもらえればそこに合わせて収穫、追熟させることもできるし、用途に合わせて品種を提案することもできる、と、料理人にとってはとてもありがたい存在だ。生産者から直接仕入れる醍醐味は、このようなコミュニケーションにある。

・地頭鶏と熟成椎茸のガランティーヌ

白砂ヶ尾地鶏牧場の地頭鶏を叩き、田中椎茸の冷凍熟成椎茸を合わせて中に詰め、ロール状にしたガランティーヌ。同じ地頭鶏のガラからブイヨンを取り、八田シェフ自身が作るメヒカリソースと合わせ、オリーブオイルでつないだソースと、糸を巻き付けたような縞模様が入ることからその名が付いた伝統野菜、西米良糸巻き大根と椎茸のマリネとを添えた。

宮崎県の中央部、熊本との県境に位置する西米良村の伝統野菜、西米良糸巻き大根

地頭鶏を育てる野田大夢さんは、いかに鶏にストレスを与えないかに腐心する。鶏のイジメを解決するために普通に行われている、つついても傷つかないようにクチバシを切り取ることも、そんなことをしたら鶏が可哀そうだし餌だって食べる気がなくなるだろう、ということでやらないし、実際に不要なほどにのびのびと育っていてイジメ自体が起こらない。また、これも当たり前の、鶏の成長段階に合わせて大きくなったら広い鶏舎へといった移動も行わないので、小さな環境の変化によるストレスさえも与えないのだ。さらにその鶏舎自体も、エノキの菌床を撒くことで良い菌が繁殖し鶏たちの排泄物もその強さですぐに発酵して、匂いのしない清潔な環境が保たれている。

生産量1位こそ大分に譲るが、コマ打ちを考えたのは宮崎の人だと言われ、原木椎茸の発祥とされる宮崎。中でも田中椎茸の邊木園浩子さんは特に椎茸愛の強い生産者だ。原木椎茸が一番美味しくなる冬の味を1年中味わってもらいたいと、収穫からすぐに独自の方法で急速冷凍。保存性や使い勝手だけでなく、味わいも凝縮、熟成されている。生も乾しいたけももちろん美味しいが、冷凍には冷凍の美味しさがあるのだ。その食感は「山のアワビ」とも称され、ガランティーヌの中にあっても全く負けない存在感を放っていた。

Photo:美鳳クリエイション
Photo:美鳳クリエイション

メヒカリソースは、コロナ禍でゲストの来店が減った時に何とかしようと八田シェフが開発した商品だ。もともとはメヒカリでアンチョビペーストを作ったが、その上澄み液、つまり魚醤もやはり美味しいということで、ここに野菜のブイヨンを加えて味を整えた。商品名にはソースとついているが単体でソースとするだけでなく、今回高良シェフが地頭鶏のブイヨンと合わせたように、うま味調味料のように使うことでソースを格上げすることができる。また、料理王国100選2023にも入選しているように、フレンチだけでなく様々なジャンルのシェフたちから高く評価されている。

・ハチの巣のカン風 シードル煮込み

・ハチの巣のカン風 シードル煮込み

酪農とりんごの栽培が盛んなノルマンディー地方の郷土料理も、山之口畜産・山之口祐仁さんのアン黒牛のハチの巣が高良シェフの手にかかればここまで洗練される。「健康な牛=美味しい肉」というモットーは、内臓にも当てはまるのだ。
15年ほどの歳月をかけて研究を重ねてきた餌は、ビールやワインの搾りかす、酒粕や焼酎粕といった発酵食品がメイン。ホルモン剤や抗生剤などは一切与えていない。こうした物質を投与すると4つある胃袋がどれも機能しなくなり、肉も脂の質が悪くなるという。そしてもちろん、機能しない胃袋は健康とは言えない。今回のこのアン黒牛のハチの巣は、独特の歯応えある食感や臭みのなさはもちろん、内壁の六角形の紋様が、見るからにハッキリと立っていて美しかったのが印象的だった。

・尺ヤマメのアンクルート、ヴェルモットソース

・尺ヤマメのアンクルート、ヴェルモットソース

この会のために駆けつけた下野隆祥氏によるデクパージュで提供されたパイ包み焼きは、オマール海老とトリュフのムースに重なる尺ヤマメの川魚らしいの香りと力強さが素晴らしい。池辺美紀さんの池辺ヤマメ養殖場は一番近くのコンビニまで20kmという山奥にあるが、そういうところでないとヤマメは育たないという。2年かけて30cmを超えるまで育てるというが、ヤマメ自体が育てるのに難しい魚だ。台風の多い宮崎は水害も多く、その度に川の水を止めてしまうと、今度はヤマメが30分で死んでしまうのだそうだ。そんなデリケートさを反映してか、大味になりがちな大きな魚であってもこの尺ヤマメは実に繊細だ。

ヴェルモットソースにはこのヤマメから取れる「黄金イクラ」が散りばめられている。海に出ることがなく、甲殻類を食べることがないために卵にも赤みが差さず、黄金色に輝く。表皮が固くしっかりした食感が特徴だが、これは一般的な白鮭のイクラが筋子の状態で腹から取り出しイクラに加工するのに対し、ヤマメで同じようにやってしまうと色が赤くなってしまい黄金イクラにならないということで腹の中でイクラ状態になったものを取り出しているためだ。高良シェフからはもう少しやわらかい状態で出せないか?という質問も出たが、逆に早い段階だとやわらかすぎて潰れてしまうので、タイミングの見極めは非常に難しいとのことだ。とはいえ、池辺さんにとってもこうした意見やリクエストを直接シェフたちから聞けるのは貴重な機会であり、さらなる探求へのモチベーションとなったに違いない。

・やまちく アン黒サーロイン、ポワヴラードソース

・やまちく アン黒サーロイン、ポワヴラードソース

今回来場した山之口祐仁さんの父であり山之口畜産の代表でもある利光さんは、世界中の牛肉の中で特に美味しかったのがアメリカで食べたアンガス牛だという。「自分でも食べたいと思える牛を育てる」ことを掲げる彼らだが、実際に利光さんは1kgも食べたそうで、これにはさすがのシェフたちも驚いていた。
このアン黒、つまりアンガス牛と黒毛和牛を掛け合わせた牛はオーストラリア生まれ。アメリカで生まれた黒毛和種の牛がオーストラリアに輸出され、そこで様々なオーストラリアの品種に種付けされたのだが、その中で特に日本向けに合うとされたのがこのアン黒だった。2010年ごろから素牛で輸入されているが現在でも2万頭ほどしかおらず、これは日本の肉用牛の1%にも満たない。導入しているのも山之口畜産の他には2軒ほどしかないそうだ。赤身ブームと言われて久しいもののまだまだサシの入った肉が好まれる日本では、特に今回のゲストたちの多くが勤めるホテルのレストランでは、アメリカやヨーロッパの現地の味をそのまま使うのが難しい場面もあるだろう。そうした中で赤身とサシのバランスの良いアン黒は、選択肢の一つになり得るのではないか。特に山之口畜産のアン黒は、発酵食品の餌のおかげで肉が冷めても固くなりにくいため、バンケットなどでも可能性がありそうだ。

普段はより赤身の充実したアンガスを使う高良シェフは、最初に試食したランプは赤身の印象が強かったが、今回のサーロインはサシが強いと感じたそうだ。それで最初はソースを重く作っていたが、焼き上げるとやっぱり赤身の充実度が高かった。それで急遽ソースを作り直し、より胡椒を立てて軽くしたという。こうしたキッチンの中からのリアルでタイムリーな声が聞けるのも、この会の大事な意義だ。

・白いチーズのクレメダンジュとみかんのコンビネーション、パッションフルーツのクーリ

・白いチーズのクレメダンジュとみかんのコンビネーション、パッションフルーツのクーリ

そのままでもほんのり甘みの付いている、アリマン乳業のフロマージュブランにイタリアンメレンゲなどを加えてクレメダンジュを作り、そこに長友農園、長友宜洋さんの完熟パッションフルーツの果汁を合わせた一皿目のデセール。
フロマージュブランは八田シェフのアドバイスで、最初は少し熟成が足りない印象だったものを手直しし、ほんの少しだけ糖分を加えて製品化された。小さな造り手だからこその小回りと小ロット対応が強みだという。
「季節的にはちょっと外れるけれど……」という高良シェフの解説から始まったパッションフルーツ。国産は5月の連休明けくらいから出始め、6、7月くらいがピーク、8月くらいにはすでに名残に入って行く夏の果物だが、長友農園では9月まで完熟させてから収穫するという。しかも露地栽培で。台風の多い九州で夏を越す果樹栽培がどれほど大変か……。しかもパッションフルーツはマンゴーなどと同じく、熟しているうちに自然と落果する性質がある。実際に高良シェフの知人も奄美でパッションフルーツを作っていたそうだが、台風のために早もぎせざるを得ず、かといってこれでは自分の目指す味にはならないということで止めてしまったそうだ。
そんなパッションフルーツを長友さんは、一玉一玉すべて実の付け根を洗濯バサミで固定するのだという。こうしておくと接ぎ木で木がつながるのと同じく、実が落ちずに完熟まで木にならせておくことができるが、その手間たるや想像もつかない。今回届いた果汁も、最初に甘みが来てから心地良い酸味が追いかけて来るので非常に使い勝手がよいと高良シェフ。

当初の8時間発酵から1時間長くして少し固く仕上がったアリマン乳業のクレームドゥーブルに、パッションフルーツと同じ長友農園のバニラを加え、縁まで詰めてからペッタリと落ちるまで焼ききったタルト。
バニラは、山火事や干ばつなどの自然災害で従来の産地から届かなくなって来ており、価格も高騰している。そうした背景もあり、高良シェフも国産のバニラにはとても期待している。一方で、種の実入りを見るとまだ若い印象もあり、もう何年か収穫を待って、木を育ててからでもいいのかもしれない、という提案も。いずれにしても、木が低くて高齢者でも作業がしやすいなど、単なる一農園の事業としてだけでなく、産地化、新たな一大産業として宮崎県産のバニラにかかる期待は大きい。

この会の飲料は、テーブルウォーターに至るまで全て宮崎県産のものが提供された。

最後に、今回食べ手として参加したシェフたちからの講評をいただいたが、多くのシェフが話されたのが「継続」という言葉だ。1回で終わってしまっては、生産者とレストランのマッチングがいくつか生まれる程度にとどまってしまうし、それも一時的な在庫切れなど些細なことで結局はそれきりになってしまうのも、よくある話だ。そうならないように、食に携わる人全員でお互いがお互いをリスペクトし、長期的な視点で日本の食のシーンを盛り上げていくことが期待される。
そしてそれは、この会を主催した八田シェフもこれまでの経験から感じていることであり、だからこそこの会の冠には「第1回」とつけられているのだ。これは、最初から1回で終わらせず、第2回、第3回と続けていくのだ、という意思表示に他ならない。
品質基準の整備などまだまだ課題はあるが、県を巻き込みながらより多くの宮崎の素晴らしい生産者たちと出会い、そしてそれをシェフたちにつないでいきたいと語る八田シェフが第一歩を力強く踏み出した。

text:小林乙彦(料理王国編集部)・photo:平松唯加子

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