ニコラ・オリヴィエリが語るイタリアのパネットーネ最前線

ニコラ・オリヴィエリが語るイタリアのパネットーネ最前線

ヴェネト州アルツィニャーノでパネットーネやパンドーロなど発酵菓子を主に手がけている「オリヴィエリ1882」。ガンベロ・ロッソを始め海外も含めたさまざまなメディアでベスト・パネットーネ、ベスト・パンドーロに選出されている、イタリアでも有数の作り手だ。5代目を担うニコラ・オリヴィエリがこのほど来日、日本におけるパネットーネの普及活動を行っている団体「パネットーネ・ソサエティ」とのコラボレーションでテイスティング・セミナーを開催した。

ニコラ・オリヴィエリは、代々続くベーカリーの伝統を守りながら、さまざまなフレーバーのパネットーネやパンドーロを作り、特にパネットーネは通年、季節のフレーバーも織り交ぜながら展開している。日本においては2021年秋、伊勢丹新宿店の「イタリア展」においてクラッシコとジャンドゥイアの2種を発売、同展ECにおいて瞬く間に完売したほどの人気を博した。
今回のセミナーで試食したのは、最も人気があり、ニコラ自身も一番好きだというクラッシコ(レーズン&オレンジピール)、2番人気のアプリコット&塩キャラメル、3番人気の3種のチョコレート(ミルク、ダーク、ホワイト)、そしてパンドーロの4種類。おまけとしてインダストリアルのパネットーネも一つ加え、比較も試みた。

この機会に、パネットーネ製造のポイント、現代パネットーネの傾向などについてニコラ・オリヴィエリにインタビュー。イタリアにおけるパネットーネの現在地点を探った。

ニコラ・オリヴィエリが語るイタリアのパネットーネ最前線

——あなたで5代目という「オリヴィエリ1882」はベーカリーとして創業し、あたなも生まれた時からパンに囲まれて育ったそうですが、パンやパネットーネには幼い頃から興味を感じていましたか?

ニコラ(以下N):あって当たり前という世界には、さほど興味が持てないものだと思います。漠然と家を継ぐのかなと思ったり、いや、自分には違う可能性があるのかもしれないと思ったり。若い時は色々悩んで、ひとまず大学に進みました。経済学部に入りましたが、違うなと思い、心理学に転部しましたが、そこでも違和感を持ち、結局大学は辞めました。なんとなく家業の手伝いをしていましたが、父にその中途半端なところを見抜かれ、パンを作る現場に興味が持てないのであれば、せめて英語を身につけなさいと言われたのです。それでオーストラリアのベーカリーに修業に行ったのが転機となりました。イタリアのパン、とりわけ、パネットーネなどイタリア独特の発酵菓子のユニークさにあらためて気がついたのです。1年半ほどを経て故郷に戻り、パネットーネ作りにあらためて取り組みました。

ニコラ・オリヴィエリが語るイタリアのパネットーネ最前線

——覚醒したニコラ・オリヴィエリの誕生ですね。具体的にどんなことに取り組んだのですか?

N:パネットーネに関わるすべてです。材料、製法、パッケージング。目指すのはともかく高い品質です。そのためにはまず上質な素材が欠かせません。今はメイド・イン・イタリーを柱にすることも一つのスタイルですが、私はそれにはこだわらず、良い素材であればイタリア産以外でもどんどん試します。そして製法においても追究を重ねています。分量、温度、湿度、時間。色々な要素を細かく分けて組み合わせ、それをデータにしてどうすればどんな結果が生まれるのかを記録していきました。そうした研究は今も続いていて、パドヴァ大学とは主に発酵についての共同研究を、ピエモンテ州ポレンツォの食科学大学とはエコサステナビリティに焦点を置いた製法、パッケージングなどを分析研究しています。

余談ですが、父と一緒にパネットーネの生地を仕込んでオーブンに入れた後、生地が爆発してしまったことがあります。自分では一体何が起こったのかわからなかったのですが、父はそれを見てすぐに「塩を入れ忘れたな」と言ったのです。職人の経験ですね。そうした経験をデータとして明確に原因と結果として記録することで失敗をなくし、より精度の高い確率で目指すパネットーネを作ることができます。逆に言えば、非常に些細なことでも失敗しやすいのがパネットーネ。一度に250kgの生地を仕込みますが、失敗したらそれはすべて廃棄です。勿体無いし、サステナブルではありません。失敗をなくすためデータ化は不可欠なのです。15年近く研究を重ねて、今は95%成功するまでになりました。100%の成功を目指していますが、達成は不可能だとも思っています。何しろ、相手は発酵、生き物ですから。

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——材料についてもう少し詳しく教えてください。

N:一番大切なのはリエヴィト・マードレ(自家培養発酵種)です。これはいわば、家を建てる時の基礎部分で、これがちゃんと機能しなければ家=パネットーネはできません。リエヴィト・マードレは小麦粉と水を混ぜ合わせて起こします。環境に非常に影響されやすいので、リエヴィト・マードレを仕込み、管理する部屋を作り、そこから動かすことはまずありません。5年前に現在の場所に製造所とカフェテリアを建てたのですが、以前のリエヴィト・マードレ部屋から、新しい部屋へ移すには非常に気を遣いました。少しずつ小分けにして持ち出し、新しい部屋のあちこちに置いて、その環境にコンタミネーションさせました。一度に動かしたらすべて台無しになってしまいますから。悪い発酵を起こし酸っぱい味と匂いを発するようになったらおしまいです。ちなみに、オリヴィエリでは水に浸けて保存しています。紐で縛って管理するよりも手間がかからず、酸を発生しにくいのが利点です。

次に重要な材料が粉です。グルテンの強さを表すWの数値が330〜360の粉を使っています。パネットーネは副素材をたっぷり使いながらの発酵ですから、相当強い粉が必要です。メーカーは北イタリアのモリーノ・クアリア社。
最近は健康志向もあり、全粒粉を使ったパネットーネを作る職人もいます。私も試しましたが、水分吸収量が多いので扱いが難しいし、完成したパネットーネの生地のテクスチャーが私の目指すところと合いませんでした。全粒粉は使うとしても一部に留めると思います。

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N:それからバターも重要な役割を果たします。風味はバターで決まると言ってもいいでしょう。北イタリアはバターの生産が盛んですが、風味という点で私はベルギー製を使っています。牛乳表面に浮いてくる脂肪分を集める伝統製法ではなく、遠心分離製法の無塩バターです。

卵は平飼いの鶏の卵。イタリアの国が定めるパネットーネの製法規格では卵または卵黄が全体の4%以上と決められていますが、オリヴィエリでは卵黄のみ、全体の16%を占めています。パネットーネを切ると内側の鮮やかな黄色が現れますが、卵黄をたっぷり使っている証しです。

伝統的なパネットーネ・クラッシコではレーズンとオレンジピールを使います。レーズンは大粒のオーストラリア産、ラム酒に三日間浸けてから使います。オレンジピールはオリヴィエリ専用の特注品で、ピールのカットの大きさにもこだわっています。インダストリアルのパネットーネとアルティジャナーレ(職人手作り)のパネットーネの大きな違いの一つが、ピールやレーズンのサイズ。どちらもインダストリアルなものは細かくちぎれたようになっていることが多い。大量に作るため、仕込んでいるときに潰れてちぎれてしまうのです。オリヴィエリのパネットーネでは、加えるフルーツはすべてしっかりその風味が感じられるよな大きさにしています。

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——製造において気をつけているポイントはなんですか。

N:まず温度です。リエヴィト・マードレは使う前に3時間おきに3回のリフレッシュメントを行いますが、そこから生地を仕込んで焼くまで、常に温度は細かく測り、それぞれの工程に適した温度を守り続けなければなりません。ラボに入りたての新人にはまずこの温度管理を徹底してもらいます。測った温度を表に記入していくのです。これを怠ると必ず失敗するし、記録をしていれば失敗ポイントがわかるということを理解してもらうためです。

温度管理の難しい工程はミキシングです。摩擦熱により温度が上がりやすいのですが、常に26度を保つようにします。パネットーネの生地に使うミキサーはトゥッファンテと呼ばれるダブルアームですが、それはまず温度が上がりにくいという利点と、次いで空気を含みやすいという利点があります。スパイラルや縦型のミキサーでも仕込みはできますが、温度が上がりやすいので神経を使います。

オリヴィエリでは一つのミキサーで250kgの生地を仕込みますが、プリモ・インパストはさほど難しくありません。壊れやすいフルーツがありませんから、温度だけ気をつけます。そして、プリモ・インパストの段階で油脂、つまりバターを多めに入れます。ここは作り手によって考え方が分かれるところで、セコンド・インパストでバターを多く入れる人もいます。

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N:いずれにしても温度管理をきちんとし、そして耳でもよく聞くことが大切です。セコンド・インパストは35分くらいを練り上がりの目安にしていますが、生地が完成に近づいているか、完成したか、は耳でもわかるのです。これは職人の経験ですね。でももちろん、耳だけでは判断しません。生地を手に取り、自然に落ちていく間にどんどん薄く、透け感のあるしなやかなシーツのようになれば完了です。このミキシング工程は、なるべく短時間に終わらせることが鉄則です。35分経過しても理想の状態に近づかない場合は、その生地は失敗とみなしてそこから先に進むのは断念することもあります。

完成した生地は計量して形を整え、ピロッティーノと呼ばれる専用の紙の型に入れて、発酵させます。膨らんだ生地のてっぺんが型の縁と同じ高さに達したら焼成に移ります。焼成の工程も非常に重要で、オリヴィエリでは専門のチームが担当します。繰り返しますが、パネットーネの元であるリエヴィト・マードレは生き物なので、毎回状態が変わります。焼成の段階でも生地の上がり方は毎回違います。微調整が必要な場合即座に対応できるように専門チームが逐一見守るのです。

もう一つ、最近研究している工程が、セコンド・インパストの発酵です。通常はミキシング終了から5時間ほどで焼成させますが、これを一晩、ほぼ24時間かけて低温発酵させるのです。そうすることでよりしっとりとした、そして軽く消化の良い生地になることがわかってきました。

ニコラ・オリヴィエリが語るイタリアのパネットーネ最前線

——最近は、パネットーネのコンテストもイタリア各地で行われるようになり、さまざまな作り手が腕前を競っていますね。そんな時代の流れを反映してか、パネットーネもクラシックなタイプ、イノヴェイティブとかコンテンポラリーと呼ばれるタイプが出てきているようですが。あなたのパネットーネはどう定義していますか。

N:私のパネットーネはクラシックだと思っています。昔のパネットーネやインダストリアルのパネットーネに比べてより質の良い素材を使って、配合もリッチな味わいを目指したものに改良していますが、あくまでもパネットーネらしさを失わないことを意識しているのでクラシックだと考えています。
いわゆるコンテンポラリーというタイプでは、例えば、気泡を極端に大きく、全体がほとんど気泡で構成されているようなものがあります。生地が気泡のつなぎになっているようなイメージですね。イタリアではそういうスタイルはあまり見られません。アメリカとかオーストラリアなど外国で人気があるように思います。

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——パネットーネの食べ方、味わうときのポイントを教えてください。

N:まず、温度を気にしてください。パネットーネが美味しく感じられるのはバターの香りがしっかりと出ているかどうかにかかっています。なので、28度くらいがベスト。冬はどうしても冷たくなってしまうので、50度に温めたオーブンで1分ほど温めることをお勧めします。
パネットーネの入っている袋を開けたらまずそのまま匂いを嗅いでみてください。バターを始めとする自然な香りだけかどうかを確認します。人工的な香料などを使っているとまずその匂いが一番に感じられるはずです。
カットするときは、まず、側面の紙を外します。それから、まず半分に、そしてさらに半分に切って全体を4等分し、その1つを3つに切り分けます。1kgのパネットーネなら12人が一切れずつ楽しめる感じですね。
パネットーネが正しく発酵しているかどうかを見るには、生地を少しつまんで引っ張ってみます。繊維に沿って裂けるなら、正しい発酵をしたことがわかります。そして、フルーツの様子を見てください。全体に均一に、そして大きさも十分であれば良いと思います。

なお、もし食べきれずに残ったら、パネットーネが入っていたビニール袋に入れて密封してください。そしてなるべく早く食べきります。パネットーネは出来上がってから1週間から10日くらいが食べごろです。リエヴィト・マードレのおかげでパネットーネは日持ちするのですが、時間の経過とともに少しずつ乾燥していきます。
オリヴィエリのパネットーネの賞味期限は50〜60日としていますが、パドヴァ大学との研究から、それ以上経過してもカビが生えることなどは通常ないことがわかっています。もちろん、極端な環境の変化は別として、ですが。いずれにしても、一度カットしたパネットーネは1週間以内に食べきることをお勧めします。

ニコラ・オリヴィエリが語るイタリアのパネットーネ最前線

ニコラ・オリヴィエリはこれからも日本を始め、世界各地にパネットーネの美味しさを広めたいと考えている。と同時に、サステナビリティという観点からさまざまなアプローチを試みている。たとえば、パネットーネを保存するビニール袋を生分解性の材質に代替できないかテストをしている。まだ満足のいく保存性には至っていないが、常に情報を収集、新技術の獲得に余念がない。クラシックでありながら進化を続けるパネットーネの世界を今後も注視していきたい。

Olivieri 1882
https://www.olivieri1882.com

text:池田愛美 photo:池田匡克

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