聞けば、当初から基本的に何も変えていないという。
「あえて言うなら、仔羊の質が格段に上がったということかな。だから、今のほうが、さらにおいしいよ」。 繊細で柔らかな肉質の仔羊と、トリュフ、フォアグラ、デュクセルとのバランスも抜群で、ソースはコクがあってまろやか。
当時、日本に輸入される仔羊は脂身が多くてね。いろいろと試しているうちに、脂身が持っているクセを取り除いてパイ包みにするというアイデアが浮かんだんだ」と井上さん。
下処理をした仔羊の肉をポケット状にして、トリュフと棒状のフォアグラ、味を補うためのデュクセルを入れて、パイ生地で包んで焼く。
ゲストの前で切り分けると香りが広がり、演出効果抜群だ。
「あの頃はヌーベルキュイジーヌなんて言う人もいたけれど、私に言わせれば、これはれっきとしたクラシックなんだ」。「今、あえてこの料理に変化を加えるとしたら」と聞いてみた。井上さんの答えは明快だ。
「何もない。これは完成されたものだから。だいたい未完成の皿をお客さんに出すなんて、失礼だよ」。強い言葉の奥に、料理人としての自負、料理への愛情、そして何よりゲストへの誠意がのぞいた。
テクニックやクリエイティビティは、もちろん重要。でも、それだけではない。ロングセラーには、ロングセラーたる理由がある。
井上旭/1945年、鳥取県生まれ。
21歳で渡欧。スイス、ドイツ、ベルギーを経て、フランスの三ツ星レストラン「トロワグロ」やパリの「マキシム」で修業する。1972年に帰国。31歳で「銀座レカン」の料理長として腕をふるう。
79年に「京橋ドゥ・ロアンヌ」を、84年にはオーナーシェフとして「シェ・イノ」を開店した。
フランス農相の農事功労賞や日本の「現代の名工」を受賞するなど、フランス料理界の重鎮として知られる。
東京都中央区京橋2-4-16
明治京橋ビル1F
TEL 03-3274-2020
11:30~14:30(13:00LO)
17:30~20:00(19:00LO)
日休
text: Shoko Yamauchi photo: Yoshiko Yoda
本記事は雑誌料理王国319号(2021年12号)の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は319号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。