今だからこそ知りたい、江戸前鮨の真価と深化

「すしログ」の大谷悠也さんが他業態の料理人にも知ってほしい鮨の魅力、訪れてほしい店という視点で名店を紹介します。 今回は序段として「鮨」と「寿司」について。

人が鮨に惹かれる理由は様々ある。私が鮨に心を奪われた理由はシンプルだ。即ち、一口の美学。高度に構築された江戸前鮨は、一口で感動を与えてくれる。咀嚼の度に味覚とテクスチャーを変え、複雑な味わいを織りなし、強い余韻となって感動に導く。鮨ほどに複雑な味わいのフィンガーフードは世界的にも類を見ないだろう。

「高度に構築された江戸前鮨」と表現したが、意味するところは何か?すなわち、酢飯(シャリ)と魚介類(タネ)の仕事である。世間では混同されがちだが、「鮨」と「寿司」は完全に異なる。「寿司」は回転寿司に始まり街場寿司も含んでいるため、「酢飯に生魚を乗せたもの」も包括する。

しかし、本質的な江戸前鮨においては、酢飯が「寿司」のそれとは異なる。米の選定に始まり、保存方法、浸漬方法、炊飯器材、炊飯方法、お酢の選定、お酢のブレンド、砂糖の使用判断、塩分濃度、営業中の保管方法、お客への提供温度などが緻密に計算されている。さらに握りの技術が味を左右することは言うまでもない。手練れの鮨職人は、お客さんが口に運び、嚥下するまでの過程から逆算して酢飯を設計しているのだ。

そして、酢飯の設計が終わると、魚の調理、すなわち「仕事」が重要になる。江戸前鮨においては、〆る、煮る、蒸す、漬ける、漬け込む、寝かせると言った仕事が駆使される。実は、仕入れた当日に使うタネの方が少ないのだ。この点も、「寿司」との大きな違いである。昨今はフランス料理、イタリア料理のシェフも神経〆した魚を寝かせてイノシン酸などの旨味を活性化する手法を採るが、江戸前鮨では昔から行われていた。江戸前鮨とは、仕事でくするからこそ「鮨」なのだ。

著者:大谷悠也
本連載を執筆する大谷悠也氏。撮影:竹田博之

当シリーズでは、このように鮨の酢飯と仕事を重視して、鮨の魅力を解説していく。末筆となるが、筆者の自己紹介をさせて頂こう。私は国内外問わず6,000軒超の飲食店を巡りながら、鮨の魅力を発信している。鮨がブームになる前から食べ歩きを行い、2015年に「すしログ」を開設した。

「鮨の食べ歩き」と聞くと、有名店や新規店を巡る「フーディー」が頭に浮かぶかもしれないが、自身が重要視しているのはトレンドよりも文化だ。江戸前鮨だけでなく、郷土寿司や関西鮓も網羅的に巡り、文化的コンテクストの中で江戸前鮨を考察している。

同時に、世界で食べ歩いているためジャンルは限定しない。珍しいところだと、エチオピアやアフガニスタン、チベット、ペルーなどでも食べ歩いてきた。この行為が意図するところは、自文化に無い味覚や調理法を採り入れる事で、自文化を客観的、相対的にとらえるためだ。

鮨のブログを運営していると、「鮨オタク」と思われがちだが、偏狭な視野には陥りたくない。全ての料理から学びながら、様々なジャンルの料理人に鮨の魅力を伝えたい。そして、自身も市場に足を運び、食材を調達して、料理人の苦労と工夫を体感しながら活動する所存だ。お付き合い頂ければ幸甚である。

text・photo:大谷悠也

大谷 悠也
1981年、広島県生まれ。国際基督教大学卒業。鮨研究家、文筆家、ブロガー。寄稿、テレビ出演多数。鮨・鮓・寿司の人気を高めるべく「すしログ」を運営し、全国を精力的に回る。日本国内外で6,000軒以上の飲食店を訪問。鮨店だけでなく市場や生産者、醸造家のもとに足を運び、自ら調理を行う。

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